諸般の事情によりちょっとお待たせしてしまったHISASHI'S ROOM。今回登場してくれたのは日本のパンク・ロックの草分け的バンド、フリクションのオリジナル・メンバーで、現在もミュージシャンとして活躍する一方で、画家としての作品も世界的に高く評価されている恒松正敏氏だ。ジャンル分け否定論者のHISASHIですら憧れるロックな声、ロックな生き様を持っているという恒松氏から発せられる重みのある言葉の数々。ロック・ボーカリストVSジャズ・ボーカリストのトーキング・セッションは、ロック限定、ジャズ限定というわけではなく、いろいろな意味で大人の味わい深い音楽話という趣になっていった。
ぜんぜん宗教じみてはいないんだけど
恒松さんの歌には祈りのようなものをすごく感じますね
(HISASHI)
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HISASHI「えー、"HISASHI'S ROOM"7回目は、画家でありミュージシャンでもある恒松正敏さんをゲストに迎えて、"ロックな声"というテーマでお話したいと思ってます」
恒松「ロックな声?!(笑)」
HISASHI「2人が仲良くなったのはお互いにプリンス好きということ(笑)」
恒松「心あるミュージシャンはプリンスが好きで当たり前!ということですね(笑)」
HISASHI「それで、なぜ"ロックな声"かというと、HIASHIが持っていない……いちばん憧れているのが"ロックな声"だったりするんですよね」
恒松「そうなの?」
HISASHI「まぁ、いまさらジャンルがどうこうでもないんですけど、僕なんかはジャズっていうくくりを名刺代わりにかざしいているところがあって……」
恒松「そうだね」
HISASHI「だけど、ジャズっていう言葉もすごくズルい言葉で、なにをやったとしても"だってこれは僕のフィルターを通したらジャズなんだもん"って言ってしまえばジャズになってしまう。でも、ロックって、HISASHIの中では、なんかひとつのガシーンとしたものが唯一ある音楽だと思っているんですよ。カテゴリー分けがナンセンスだ、と思っているHISASHIが唯一、これはひとつの塊だなと思っている音楽がロックですね。」
恒松「うん、うん」
HISASHI「よく"ロックなヤツ"とかいうけど、なにが"ロックな声"かといえば、僕が思うところでは、なにを表現するとか、どういう解釈でとか、テクニカル的にどうかとかいうことではなくて、発せられた時からもう違うんですよね。それを僕は恒松さんの声に常日頃から感じているんですよ」
恒松「でも、僕はいわゆるボーカル歴っていうのはそんなに長くないので……もちろんギタリストに徹していたわけでもないんだけど、だいたいバック・コーラスとギターぐらいでやってて。で、フリクションというバンドを抜けてからかな。最初はベースとドラムを見つけて新しいバンドを結成しようとしていて、ボーカルも探したんだけど、いい人がいなくてね。"じゃあ、自分で曲は作るんだから、もう自分でちゃんと歌ってみようかな"と思ったのが始まりだから。だから、ボーカル歴はまだ20年ぐらいかな?」
HISASHI「僕は恒松さんを知ったのはまず絵からだったんですけど、もちろんフリクションというバンドも知っていて、その恒松さんと絵の恒松さんが同じ人だというのが最初はわからなくて……で、絵を観に行った時に知り合った人の中に熱烈なフリクションのファンの人がいて、"アア! あのフリクションにいた恒松さんと同じ人だったんだ!!"って驚いたんですよ(笑)。でも、フリクションには熱烈なファンの人がいますよね」
恒松「それについては笑い話があって、画家としてデビューしてしばらくたってからのことなんだけど、フリクションの頃はカタカナ表記で"ツネマツマサトシ"って書いていて、ソロ活動をはじめて、画家としてデビューしてからは漢字で書くようにしていたんだけど、ミュージシャンのツネマツマサトシも知っていて、画家の恒松正敏も知っているんだけど、それが同じ人間だっていうことを知らない人がけっこういたんだよね」
HISASHI「フリクションがデビューしたのは'80年くらいですよね」
恒松「エート、'79年だったね」
HISASHI「坂本龍一さんがプロデュースですよね」
恒松「うん、いちおうね(笑)」
HISASHI「それで、ロックな声ということでいえば、バンドでギタリストとして弾いている時でも、恒松さんの中では歌はあったわけでしょ」
恒松「そう! 僕がギターを弾きはじめたのは中学校ぐらいでビートルズを聴いてからなんだけど、その後はブルースとかを聴いてて、その頃は自分で歌おうとは思っていなかったけど、ブルースマンはぜったい歌とギターは一緒だなとずうっと思っていたんで、憧れてはいたんだよ。"いつかはああやって歌とギターでやってみたいな"とは思っていたんだけど、なかなか歌の方には行けなかったのね。たとえば、日本でも'70年代くらいにブルース・ブームってあったでしょ。日本にもいろんなバンドがいて演奏とかもすごいうまいんだけど……ボーカリストはボーカリストでうまいし、ギタリストはギタリストですごいうまいんだけど、でも僕はなんか違うと思っていてさ。ブルースでボーカルとギターが違う人なのはどうもしっくりこないなって……」
HISASHI「うん、そうかも知れない」
恒松「フリクションの後E-D-P-S(エディプス)っていうバンドを結成していた時に、ボウイってすごくいいドラマーと一緒にやっていたんだけど、その時に歌を歌い始めたのね。それで、彼から"松ちゃんのボーカルはギターの合いの手ボーカルだよね"って言われて、"なるほど、うまいこと言うな"と思ったんだよ(笑)。だから、僕にとっての歌っていうのは、あくまでもギターがあっての歌っていうのがあって、ギターとのコール&レスポンスみたいなね……」
HISAHSI「ああ、なるほどね。でもそれはすごく感じますね。歌として……ボーカリストとしてやっていると、ボーカリストとしての声の在り方みたいなものを作らないと、どうしてもボーカリスト然としていられないわけですよ。でも、ギター弾きながらというか、"ロッカー"と呼ばれている人たちは、ボーカリスト然じゃなくて、それがとても自然体なんですよね。そこに最初にも言ったように、ロックっていう音楽が"ロックなんだよなぁ"って表現されるみたいに、そこに硬くてソリッドな柱がひとつボンと立っちゃってる感じがするんですよ」
恒松「うん」
HISASHI「ジャズっていうのは、いろいろなものが寄り集まって……いろんな小さい茎が寄り集まっていて、それがジャズかなぁ?みたいな(笑)」
恒松「特に今の時代は、ますますスタイルが拡がっているものね」
HISASHI「そうですね。ジャズはいろいろなものに対応されちゃっているけど、ロックはロックでしかない音楽だと思うんですよね。これは恒松さんに言ったことないし、ライブで一緒に聴いていた人たちとも話したことないんだけど、僕は恒松さんのソロのライブを観た時に、詞の内容がどうとかっていうんじゃなくて、よくロックは叫びとかいうじゃないですか。でも、ぜんぜん宗教じみてはいないんだけど、恒松さんの歌には祈りのようなものをすごく感じますね」
恒松「そうなんだ」
HISASHI「黒人音楽だとゴスペルがあって、ゴスペルってある意味、福音歌じゃないですか。でも日本ってもっと古くから、たとえば御詠歌じゃないけれど、いわゆる和讃……五七調とか今様体とかがあるけれども、そういう詞の一編がどこか祈りとして伝わってくる感じを、HISASHIは恒松さんのステージにスーゴク!感じるわけですよ。でも、それはもしかしたら恒松さんの絵も拝見しているからかもしれないですね。絵を見ながら恒松さんのステージがどっかでリンクしているかもしれないし、逆もしかりで……」
恒松「まぁ、無意識の内に……だろうね」
音楽と絵は自然にスイッチの切り替えができているのかな?
やっぱり違うことなんで、脳みその違う部分を使っているからね
(恒松)
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HISASHI「自分の中では、ひとつの祈りなんて意識はぜんぜんないんですか?」
恒松「ウーン、祈りって言われるとそうかもしれないけど、特に強くは意識してないよね。でも、音楽そのものがゴスペル、ブルースってある種、祈り的な要素があって発生しているものじゃないかって気は非常にするので……」
HISASHI「それはすごく感じますね。だから、よく日本のロックの歌詞なんか見ると、時事ネタ的なものに対する反発というか、叫んでる、主張している部分もあるのかもしれないけど、恒松さんの場合はそういうことじゃなくて、ひとつのものを淡々と突き詰めて、ただ表に対してパワーとして発散しているっていうものを、すごく感じるわけですよ」
恒松「だから、絵もそうなんだけど、表現する行為っていちばん基本は自分を浄化したいというか、浄化するというか、それだと思うのね。いちばん根元にそれがあるんじゃないかと僕は思うんで……」
HISASHI「だから、なんかこうそぎ落としていったもの。バンドを3ピースでやってるじゃないですか、それがすごくいいですよね。必要最小限じゃないけれど(笑)、グルーヴを表に出すのは、"ああ、この3ピースなんだな"って。だから、もしギタリストがいて恒松さんが前でメイン・ボーカルを取っているっていうのもまた違うし……」
恒松「それはあり得ない。どうしていいか分からなくなるからね(笑)」
HISASHI「(笑)……逆に言うと、音楽的にはね、HISASHIなんか絶対にあり得ない居様なわけですよ。イヤー、ないです!」
恒松「だから、僕が言ったように、中学校の時に年齢的にも世代的にもタイミングよくというか、'60年代半ばというか小学校6年から中学生の頃にビートルズがデビューしてきた時を、ちょうどリアルタイムで体験して……ただまだ中学生で田舎にいたんで、武道館には行ってないんだけども、その代わり彼らのステージをテレビ中継で観ていた世代なんでね。でも、それまではぜんぜん音楽に興味なくて……」
HISASHI「エッ?! そうなんですか?」
恒松「そう! だって学校の音楽の授業嫌いで嫌いでしょうがなくて……」
HISASHI「その頃、絵は描いてました?」
恒松「図画工作は5なんだけど……」
HISASHI「じゃ、やっぱり最初に絵がありきなのかな?」
恒松「うん。で、音楽は和音とかぜんぜん分からなくて、授業もちゃんと聴いてないから、"ドミソ……ハ長調"とかいうと"なんのことだろう?"っていうね(笑)。それで、その後にギターを覚えてずいぶんたってから、コードでCって弾いてて、"アレ?! ひょっとしてドミソってこういうこと?"って後で気づくぐらいだから(笑)……中学校の時に音楽の授業で2をもらったこともあるし(笑)……だから、いまだに譜面も読めないし、いわゆるボイス・トレーニングなんてやったことないんで、音楽は見よう見まねでここまで来てしまっているっていう……」
HISASHI「だから、僕なんかは逆にすごく憧れです。そのソリッドさというか、ストレート・アヘッドな感じっていうのは、いつもうらやましいなぁーと思っていて。だから、そのパワーを少しでも貰おう、貰おうとしているんですけど……。でも、音楽をジャンル分けで見ている人とか、まぁ普通の人でもそう思うかも知れないけど、"エーッ?! なんでHSASHIが恒松さんのライブの会場にいるの?"、"なんで恒松さんがHISASHIのライブ会場にいるの?"って思う人は多いと思うけど、だけど、それはしごく当たり前のことだよね」
恒松「うん。そうだね」
HISASHI「特に、僕が恒松さんを見る時、ミュージシャンの部分と画家の部分とを一緒に見ているせいもあるのかな? 僕が恒松さんの絵を最初に見たのは"水辺シリーズ"ですよね。でも作風は「百物語」あたりから顔ですか? 仏……なのかな? しかも恒松さんによく似ているし!(笑)」
恒松「なんかよく言われるんだよね。特に「百物語」とか「変容」シリーズもそうだけど、獣系の顔はよく言われるね(笑)。べつにそういう風に描こうと思って描いているわけじゃないんだけど……」
HISASHI「絵を描いている時は、音楽に接している時の心の持ちようというか、高揚の仕方とはまた違いますか?」
恒松「それはよく聞かれるけど、自然にスイッチの切り替えができているのかな? やっぱり違うことなんで、脳みその違う部分を使っているからね」
HISASHI「そう! スイッチの切り替えがちゃんとできる人の方が、やっぱりアーティストですよね。中には気が狂う一歩手前みたいなことを、すごくアーティスティックに言う人がいるじゃないですか、でも僕は"それはぜんぜん違うな"っていつも思っていて……やっぱり、アーティストもちゃんとしてなきゃダメですよね」
恒松「うん、うん」
HISASHI「そりゃ、音楽でもなんでもそうなのかも知れないけどさぁ。でも、ちゃんとしてない人が多すぎる!!(笑)。でも、なんなんだろう? この"ちゃんとしてない"っていうことは?(笑)」
恒松「(笑)」
HISASHI「いや、楽屋でビールぶっかけようが、恒松さんはちゃんとしてますよ(笑)」
恒松「どういうふうに?(笑)」
HISASHI「いや、パール兄弟のサエキけんぞうさんが、"もうやめてください! 恒松さん!!"って後ろから羽交い締めにして(笑)……とかいう噂がいろいろ入ってくるんですよ(笑)。でも、だから僕は恒松さんのことが好きなんでしょうね。絵も音楽もね」
ロックの恒松さんが好きな人ももちろん絵を見に来るし
絵描きの恒松さんが好きな人も音楽を聴きにくるって
面白いですよね
(HISASHI)
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恒松「ところで、それで"ロックの声"とういことにまた戻っちゃうけど、そういう表現をHISASHIさんから聞いて、僕も逆に新鮮だったというか、"なるほどな"というか……まぁ、僕もそれがなんなのかという答えは出せないんだけども……」
HISASHI「だから、"ロックの声"って言っちゃうと"こういうものです"みないになっちゃうけど、それじゃないんですよ。"ロックな声"なんですよ」
恒松「いま日本でもロックと言われている音楽はすごくあるけども、ロックなボーカルってあまり聴いたことないよね。どう聴いても歌謡曲の歌い方でしかないものが多い。"じゃ、どこがロックなの?"と言われるとまた困るんだけどさ。いわゆるダミ声で歌えばロックというわけでもないだろうし……」
HISASHI「まさに9・11テロのチャリティー・コンサートの時に、いろんなミュージシャンが出てきたじゃない。HISASHIはビリー・ジョエルが豹変しちゃっていたのにビックリしたんだけど(笑)。その時にニール・ヤングがギター持って出てきて、みんなの前で"ウヮー"って歌ったけど、あれはニール・ヤングだから許せちゃう、成立しているって思うワケですよ。そうそうたるスターがみんな出ている中で、ひとりだけ相変わらずでギター弾きながら"ワァー"って歌っているだけなんだけど、もうOK!っていう。なんなんだろうな? それがなんなのかはわからないけど、でもいいんですよね。だから、つぎまた聴きたくなる」
恒松「そうなんだよね」
HISASHI「でもフリクションはパンク・ロックって言われていましたよね」
恒松「うん、とりあえず……(笑)。でも僕は、パンクってべつに髪の毛を立ててたり革ジャンを着ていなくてもいいと思っているんだよ。だって、昔のブルースマンでもパンクなブルースマンはいただろうし、日本の落語家でもパンクな落語家もいただろうし、パンクってちょっと大げさだけど精神性っていうか……もっと言っちゃえば性格じゃないかと思うんだよね(笑)」
HISASHI「なるほどね(笑)」
恒松「だから、さっきのニール・ヤングっていうのも、あれは性格があれでOKってことで、彼のスタイルがどうこうではないと思うわけ」
HISASHI「性格かぁ……性格俳優とかはよく言われるけど、性格ジャズマンとか言われたいかなぁ(笑)、言われたくないかな? どっちだろう?」
恒松「(笑)だから、昔の落語家の(古今亭)志ん生かな? 高座の上で寝ちゃったとかね、"パンクだなぁ"って思うもの(笑)」
HISASHI「ですよね。それで、以前1回だけ、ステージにゲストでおじゃまさせて頂いたことがあるんですが……アコースティック・ライブで。そこでHISASHIもビートルズを歌いましたよね(笑)」
恒松「ああ、やったよね」
HISASHI「あの時はなにを歌ったんでしたっけ?」
恒松「アレは、「ノーウェア・マン」(邦題「ひとりぼっちのあいつ」)だった?」
HISASHI「ああ、そうだ。 あともう1曲ありましたよね」
恒松「そうそう。あと「アクロス・ザ・ユニバース」。この曲はビートルズっていうよりは、もうジョン・レノンの曲だよね。で、ライブでやった時は、後半にデヴィッド・ボウイがカバーしているバージョンのテイストが入っていたんだよ。デヴィッド・ボウイの『ヤング・アメリカンズ』('75年)……ボウイがちょっと黒人音楽に近寄った時のアルバムに入っているんだけどね」
HISASHI「ヘェー、そうだったんですか?」
恒松「うん。後半がそうだよ」
HISASHI「でも、あの時はアコースティック・ギターだったけど、それでもロックな恒松さんを感じましたね」
恒松「アコースティック(・ギター)で人前でやるようになったのは、HISASHIさんがゲストに出てくれた時、なにしろあれがいちばん最初だったからね。もう2年前ぐらいかな?」
HISASHI「なんて言うんだろう?……もうテクニカル的なことではぜんぜんなくて、ヘンな言い方だけど、お金取れるか、取れないないかってあるじゃないですか、"バーン"って音出した時の。それが、恒松さんのは"ガシーン"って太い音がする。もう一緒にやっていても"ガーン"ってくるものが違う。なにかを表現した時のインパクトが違うっていうか……アコースティック・ギターでも
HISASHIはそれを十分に感じましたよ。とにかくソリッドっていう感じなのかなぁ、HISASHIが感じている恒松さんのイメージって……」
恒松「まぁ、ギターに関して僕がひとつ思っていることは、僕に取ってギターってリズム楽器なんだよね。だから、細かいフレーズ弾くよりも、やっぱリズム・カッティングの方が楽しいし……」
HISASHI「やっぱり(リズムが)キレているというのかな? そういう意味ではサポートしているメンバーもいつもいいですよね。3人のユニットでやっている時のグルーブ感とかね。(渋谷)クワトロかなんかでやっていた時にハッと気がついたら、有名な河村錠一郎大先生(一橋大学名誉教授)を発見して……HISASHIは絵の批評なんかがとてもファンなので、"ワァ、河村先生! 河村先生!"って言ったら、壁の方で小さくなっていた(笑)。あのクワトロの大音量の中で、河村先生が壁にひっ付いて小さくなって聴いていたのはすごく面白かった(笑)」
恒松「そうだったの?」
HISASHI「だから、ロックの恒松さんが好きな人ももちろん絵を見に来るし、絵描きの恒松さんが好きな人も音楽を聴きにくるって面白いですよね。で、絵といえば、映画の中でも、手塚眞監督の『白痴』('98年)とか、北村龍平監督の『スカイハイ』('03年)とかで使われてますしね。それで、どうですか? 自分が描いたものが映像になって、フィルムになったものを見た時というのは……」
恒松「イヤ、『白痴』の時は初めてだったので、まず感動したっていうのはあったけどね。でも、やっぱり見え方というのが、自分の肉眼で見ているのと、写真になったり、こういう本になったりすると、まったく違う見え方をするんで、それがすごく驚きであり、新鮮であるという……あと、照明とかでもぜんぜん絵の印象が違ってくるんで……」
HISASHI「特に顔の絵だから、表情が違ってくるのかな?」
恒松「あと、映画は最後に編集する時にカラー合わせで画像の明暗なんかをいじったりするんで、それでもまったく違ってくるしね」
HISASHI「そこに立ち会ったんですか?」
恒松「イヤ、そこまでは立ち会ってないですね。でも、撮影現場にはできるだけ立ち会ったけども……」
メトロポリタン見に行って酒臭いって言われたのが
ニューヨークの最初の思い出になっちゃった(笑)
(恒松)
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HISASHI「でも、『白痴』では最後に絵がぜんぶ燃えちゃいましたよね」
恒松「ぜんぶではないけど、一部燃やしましたね(笑)。ただそれも、回りの人は"なんでそんなもったいないことをするんだ"って。"CGで炎を合成することもできるし……"って。でも、僕は現物が燃えるリアリティーっていうのもあるし、手塚眞との付き合いの信頼関係っていうのもあるから、"彼がやりたいっていうなら、僕もOKだよ"ってことだよね。僕自身も"面白そうだな"と思ったし……あと、燃えていく姿がフィルムに半永久に残り続けるから、燃えているところをいつも見られるなと。で、それは自分にとってのひとつの経験として財産になるんじゃないかなと思って……」
HISASHI「記録でもありますよね。でも、CGの先駆者である手塚眞さんがやるところが、また面白いですね。もうDVDになってます?」
恒松「うん、もうなってます」
HISASHI「じゃあ、みなさんぜひぜひ手塚眞さんの映画『白痴』を見てください。坂口安吾作『白痴』です。「アンアン」の人気モデルでもあったミュージシャンの甲田(益也子)さんも出てますから」
恒松「あと浅野忠信さんとかも出てるし」
HISASHI「そういえば、ニューヨークに行ってたんですよね。ニューヨーク話も聞けますか? "ブロードウェイでミュージカルいっぱい見ちゃってさぁ"とか言ってたじゃないですか(大笑)」
恒松「イヤ、メトロポリタン美術館とかとギャラリーをチェックしに行ってきたんだけど……」
HISASHI「そうですよね」
恒松「こんな話はオフかも知れないけど、ニューヨークに夜着いて、とにかくくたびれていたんで寝酒が欲しいと思って、まず酒屋を探してお酒をゲットして。そのお酒がけっこう安くて、1000円以内ぐらいでけっこうおいしいワインとかあったんだけど、まずウイスキーを買ってお水も買って、水割りを作ってガーッと飲んでとにかく寝ちゃおうと。で、買ってきて開けたら、その酒がすごい味で、"なんだろう?! コレ?"と思って見たらテキーラで(笑)……でも、しばらく飲んでいたら"ああ、けっこううまいじゃん!"と思って半分ぐらい飲んじゃってね(笑)。それで、次の日さっそくメトロポリタン美術館に行ったら、いまテロとかあるんで持って行ったバッグを預けてこいって言われて預けに行ったら、黒人と白人のオッサンが2人いて、いきなり"オマエ、酒臭い!"とか言われた(笑)。まだ酒が抜けてなくてまだテキーラの臭いがプンプンしていたんだよね(笑)。メトロポリタン見に行って酒臭いって言われたのが、ニューヨークの最初の思い出になっちゃった(笑)」
HISASHI「なるほど(笑)。でも、いまヴィレッジの方とかけっこうバブルで家賃が高くなっちゃったって聞いたけど……」
恒松「やっぱりいま、チェルシーがいちばん現代美術の画廊が集まっている所だよね。実際行ったけど、もう隣同士ずうっとギャラリーが続いていて。でも、もともとハドソン川の側の倉庫街みたいな所だったらしくて、その間のところどころにまだ自動車の修理工場とかあって、まぁおもしろい所だったよ」
HISASHI「ニューヨークいいですよね。HISASHIも1回しか行ったことないけど、好きだなぁー。みんな"東京と変わらないじゃない。なんで行くの?"って言うけど、ぜーんぜん違いますよねぇー」
恒松「うーん。でもねぇ、いろいろ見たけど内容的にあまり東京と変わらないと思うけど」
HISASHI「なにかこう、誰かのツテでとかで、アンダーグランドな世界に行くとそこはおもしろいんですよ。ただ街を歩いているだけなら、不親切な東京みたいな(笑)、まだ過剰じゃない東京みたいな(笑)。そういえばこれはぜんぜん関係ない話だけど、ブロードウェイ、ブロードウェイっていうけど、42ndストリートのあたりの劇場がいっぱいある所だけじゃなくて、ブロードウェイってニューヨークの真ん中を通っている通りじゃないですか」
恒松「うん、南北にずうっとね」
HISASHI「42kmあるんですって。だったらマラソンすればいいのにねぇ(笑)」
恒松「ブロードウェイ・マラソン?!(笑)」
HISASHI「これおもしろいでしょ。で、有名人しか走らない。だって、あれだけ映画のロケとかでさ、交通整理して通行を止めちゃう街なんだから、いっそのことブロードウェイ・マラソンとかやったらおもしろいのに。北から南へ走るとか(笑)」
恒松「(笑)とにかくニューヨーク話は、おもしろいのはいっぱいあるんだけど、とにかくテキーラ臭いとかあまりカッコイイのはないんだよ(笑)」
HISASHI「でも着いてまずテキーラあおって……ってロッカーぽいじゃない(笑)」
恒松「それで、メトロポリタン美術館ってホントはちゃんと見ると3日かかるとか言われているけど、こっちはいちおう見ることにかけてもプロの端くれなんで(笑)、それでも5時間ぐらいかかって、夕方5時くらいまでずうっと見ていて、預けたバッグ取りにまたそこに戻ったわけ、そしたら黒人と白人のオッサン2人がまだいて、オマエまだ見ていたのか?!って顔して"どうだった?"って聞くから、"ベリーグッド"とか言って"スメルOK?"って聞いたら、"アアOK、OK"って(笑)、それで"イヤ、実は俺たちもドリンク大好きだから、キミはフレンドだ"とかいうんで、"実はアイアム・アーティスト、ペインターだ"ってカバンの中からこの画集を出して見せたら、"オオォー"って感動してくれて、なんかストレートでいいなって……ニューヨークだなって思ったけど(笑)」
ロックとしていいキャリアの積み方をしてるし
ロックとしてちゃんとしているってこと。
だから、尊敬できるんですよね
(HISASHI)
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HISASHI「これもまた関係ないんだけど、この前、なぜかテレビに草間彌生さんが出演していて、で、ニューヨーク当時の映像をいっぱい流していたけど強烈ですね、当時は」
恒松「やっぱあの頃は、確かにすごかった」
HISASHI「サランラップにペンキで水玉を描いただけのを素っ裸でクルクル羽織って、草間さんが公園を走っているんだもの(笑)、"私がアート"って言ってね。もう警官がバァーって捕まえに来て……すごかった」
恒松「だからといって、今それをやってもしょうがないんでね」
HISASHI「そう。だからジャズも一緒で、いまバケツに水を張ってそこの中でトランペット吹いたからって、じゃどうなんの?って話だよね(笑)」
恒松「ニューヨークでいろんなギャラリー見たけど、みんなデカクて。それでインスタレーションで本物の車で何台も積み上げてとか、テレビのモニターをどんどん積み上げてヒップホップみたいな音楽と映像流してるとかあったけど、それは行くと最初ワァッと圧倒されるんだけど、でもこんなもの過去にやってたことあるよなって。新しくもないなって……」
HISASHI「けっきょく昔の時代にやったことも"あの時代だったから"って言われることで、それは成立しているのかも知れないけど、今は逆にそれが成立しなくなっちゃってる。だから、逆の刺激?! 逆の浄化の仕方を突き詰めていく必要があるんでしょうね。でも、それを自分自身にも投げかけてみると、ジャズって新しいものができるのか?っていう(笑)」
恒松「まぁ、4日5日くらいしかいなかったから偉そうに言えないけど、やっぱりいままでの自分のやり方っていうのを、意固地になるっていう意味じゃなくて、自分の歩んできた道を信じている中でもっと模索していくしかないかなぁって。きっとそれがいちばんいいんだよ」
HISASHI「力づけられる!! けっこうHISASHIがダウンな時に恒松さんと合うと、いままでもそのたびに"ぜんぜんだいじょうぶだよ!!""ハイ!"みたいな(笑)」
恒松「話はあっちこっち行っちゃうんだけど、プレスリーはリアルタイムじゃなくて後追いで好きになったんだけど、プレスリーがデビューした直後の映像っていうのをだいぶ前にビデオで見たのね。で、その時にすごく印象的なのが、デビューした後すごい排斥されたわけでしょ、南部の方とかで。レコード焼かれたりとかさぁ。で、その時に「エド・サリバン・ショー」だったかなんかのインタビューを受けていて、"いま排斥運動が起きているけど、キミ自身はどう思う?"って訊かれて、デビューしたてのプレスリーが"イヤ、僕は自分のことを信じているから"って答えるのがすごい印象的で、いまだに自分の心の中に残っているよ」
HISASHI「イヤ、でも今日も恒松さんからちょっと元気がもらえたかな?(笑)。これはいい悪いとかじゃなくて、ロックでもソウルでもパンクでも、"俺は不良オヤジだゼェイ!!"みたいにしてる人たちっているじゃないですか。それは悪いとは思わないし、HISASHIも仲のいい人その手の人たちもいっぱいいるんだけど、恒松さんにはぜんぜんそういうものを感じない。もうソリッドっていうか、ずうっと現役。それがただ突っ走ってそれで終わりっていうんじゃなくて、ロックとしていいキャリアの積み方をしてるし、ロックとしてちゃんとしているってこと。だから、尊敬できるんですよね。ロックな不良オヤジではゼッタイにないですよね」
恒松「まぁ、どっかにそういう危うい面も持ちつつね(笑)。でも、それをスタイルとして出しちゃうのは違うと思ってるけど。あと、ビートルズ・オヤジとかクラプトン・オヤジっているじゃない、それもまた"ああはなりたくないな"って(笑)。最近はアコースティクで時々やるから、よけいそう思っちゃうんだけど、"アレじゃないぞ!"って思うんだよね」
HISAHSI「今回、この対談のことでニューヨークから帰ってきたつぎの日に連絡を取らせて頂いたら、"なんだ、HISASHIさんのライブにゲストに出って!って連絡で、また一緒に歌えるのかと思った"って。それがとにかくうれしかったですね。ぜひぜひ、またライブを一緒にやりましょう!! ぜひまたビートルズを歌わしてください」
恒松「ビートルズじゃなくてもいいよ(笑)。でもとにかく、またやりたいよね」
企画・協力:有限会社SERPENT