悩み解決サークル

更新日2005929

WELCOME TO HISASHI'S ROOM!



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WHO IS HISASHI?

東京生まれ

・大学時代から米軍基地や国内外でのジャズ・スポット等で歌手活動を開始。4オクターブ近い音域を駆使した独自の歌唱は、グラミー賞歌手のクレオ・レーンからも絶賛される。彼が持つジャンルを超えた音楽性は、清水靖晃氏、村上ポンタ秀一氏、吉野弘志氏、ヤヒロトモヒロ氏等、日本を代表するミュージシャン達との共演を通して、多くのファンに支持されている。

・「日本アカデミー賞優秀音楽賞」3回の受賞歴を持つ谷川賢作氏とは、寺山修司追悼番組での共演を機に、"VOX POP"というユニットに発展、あらゆるジャンルの音楽、語学、そして自らの美意識の体現を軸に『歌うオブジェ』として活動中。

・さらに映画、演劇、CM、「JTB」イメージソングや、NHK「出来事 for WINDOWS」「TOYOTA CUP サッカー」等の作詞、作編曲や語りで『聴かせる空間の創造』を展開するなかで、「ジ・エキセントリック・オペラ」(EPIC/SONY)にゲスト参加するなどカウンターテナーの領域にまで活動の幅を広げている。


7th GUEST
ヴァイオリニスト

太田恵資(おおたけいすけ)

1956年熊本生まれ。 5才よりヴァイオリンを始める。鹿児島大学で化学を専攻。'83年上京し、作・編曲家として出発。

これまでにCM、映画、演劇や、ファッションショー、プラネタリウムなどの音楽を数多く手掛けている。ヴァイオリニストとしては民族音楽(トルコ、アラブ、インド、東欧、アイルランド)やジャズ、即興演奏を得意とする。
勿論、スタジオやライブではあらゆるジャンルをこなす貴重な存在で、様々なアーティストやタレントの作品に参加。

日本人離れした声にも定評があり、ステーションブレイク(WOWOW,TOKYO-FM)、CD-ROM「ファンタズマゴリア」のキャラクター、TV、映画、CMなどに使われている。またその強力な風貌ゆえか、パフォーマンス・アーティストとして舞台に立つこともあり、海外公演も多い。

      ■活動略歴■

梅津和時の新大久保ジェントルメン 、
常味裕司(oud)とのArabindia、
佐藤允彦 (p.)のSTOY、
大熊亘(cl.)のCICALA-MVTA、
超無国籍音楽集団JAZICO、
高木潤一(g.)とのMASARA、
立花泰彦(b.)とのTOY、
Carlo Actis Dato (sax) とのTAO、

喜劇映画研究会 との「夢の森にて」、
酒井泰三(g.)との The Electric Nomad 、
芳垣安洋(per.) のVincent Atomicus、
酒井俊(vo.)、
一噌幸弘(笛)トリオ、
吉野弘志(b.) の「彼岸の此岸」、
吉見征樹(tabla) とのトーク・セッション
「do SHOW(どぉしょう)」などのレギュラーメンバー 。

共演アーティストも多く、
 あがた森魚、
 板橋文夫 、
 上田力、
 宇崎竜童、
 内田勘太郎、
 内橋和久、
 おおたか静流、
 片山広明 、
 黒沢美香(dance)、
 黒田京子 、
 斉藤ネコ、
 坂田明、
 渋さ知らズ、
 渋谷毅、
 仙波清彦 、
 高橋竹山(二代目)、
 武元賀寿子(dance)、
 知久寿焼、
 千野秀一、
 友部正人、
 中村善郎 、
 灰野敬二、
 原マスミ、
 巻上公一 、
 山下洋輔、
 レナード衛藤 、
 (五十音順)
 Joelle Leandre、
 Loren Newton、等々。

'95年6月、吉良知彦( Zabadak )プロデュースによるオムニバスアルバム 「SONGS」(BIOSPHERE) では、自作曲でボーカルデビュー。
また同年夏、ユダヤ人のヴァイオリン弾きとして出演した「GHETTO」(栗山民也 演出)は読売演劇大賞、毎日芸術大賞などを受賞した。
その後、忌野清志郎の全国ツアー(武道館など)をサポート。
また、清水美砂主演映画「人間椅子」(江戸川乱歩原作・水谷俊之監督 '97年公開)
浅野忠信主演映画「 白痴」(坂口安吾原作・手塚眞監督・橋本一子音楽 '99年公開)などに謎のヴァイオリン弾きとして出演。NHK-BSでは「滝のアリア」(松見の滝 -太田惠資 編)が'00年9月23日放送された。

文学座公演「アラビアンナイト」('01年夏・'02年春)、文楽人形「曾根崎心中ROCK」(近松門左衛門原作・阿木燿子構成作詞・宇崎竜童作曲 '02年3月・'03年4月)に参加。

上記の各レギュラーユニットの他、
 明田川荘之、
 板橋文夫、
 宇崎竜童、
 内田勘太郎、
 ARB COVERS
 (新井田耕三のザ・ドラマーズにジョイント)、
 おおたか静流、
 大槻ケンヂ、
 ソウル・フラワー・ユニオン 、
 手使海ユトロ、
 ハシケン、
 弘田三枝子、
 TheBoom、
 レナード衛藤、
 Rikki(ファイナルファンタジーX挿入歌)、
 Yae、
 Zabadak、
・・・など多数のCDに参加。
TBS紀行番組「世界ウルルン滞在記」、最近ではTBSドラマ「年下の男」(CDあり)、同「高原へいらっしゃい」(CDあり)、NHK金曜時代劇・藤沢周平原作「蝉しぐれ」等の音楽でヴァイオリンやヴォイスを担当。現在、ヴァーチャル公開録画番組「ヴィオロンの太田惠資 ややっの夜(や)」を主催。(於:西荻窪  音や金時 )マイペースでソロアルバムを制作中。                 


HISASHI's
ライブ・インフォメーション
10月3日(月)

日時: 10月3日(月)
     1st 19:00 / 2nd 21:00

場所:品川 トライベッカ
     港区港南2丁目18番1号
     アトレ品川4F

出演: HISASHI(voice)
     坂井紅介(w.bass)
     三好 "Sankichi" 功郎(g)
     村上"ポンタ"秀一(ds)

料金: テーブルチャージ
     500円〜1000円
        +
     Foods&Drink

問合せ:品川 トライベッカ
      03-6717-0933







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『第九回 マルチな才能 その1』

〜自称ヴァイオリンオタクの
お悩み相談?!〜


7th GUEST
太田恵資
(おおたけいすけ)
(ヴァイオリニスト)


毎回毎回、各方面からの多彩なゲストとのフリー・トーク・セッションを繰り広げているHISASHI'S ROOM。今回からは新シリーズ"マルチな才能"がスタート! 最初のゲストは、世界の民族音楽に根ざした独自のスタイルを持つヴァイオリニストとして、また奇跡の歌唱法"ホーミー"を操るパフォーマーとして、そして映画や演劇にも出演して役者としても活躍。まさにマルチな才能の輝きを放っている太田恵資氏だ。 ホストのHISASHIとの会話を通して、マルチな才能ゆえの意外な悩み?!も明らかになる。

"そうとういいトコのぼんぼんでしょう"みたいなことをよく言われるんですけど、実は僕は熊本のラーメン屋の息子なんですよ
(太田)
HISASHI「ようこそ! HISASHIの部屋に。7人目のゲストは、HISASHIが愛して止まないヴァイオリニストの太田恵資さんに来ていただきました。いちおうヴァイオリニストという紹介でいいんですよね?」
太田「そうですね。よろしくお願いします」
HISASHI「今日は、こんな真っ昼間に遅刻常習犯(笑)と言われている太田さんとオンタイムでお目にかかれるとは(笑)……HISASHIは想像もできませんでした(笑)」
太田「イヤイヤ、昼の時間に30分くらいの遅刻で済んだなんて……きっとほかの人が聞いたらビックリすると思いますよ(笑)」
HISASHI「昨日、しつこくFAXを送ったのが効いてますかね?」
太田「ハイハイ、十分に伝わりました(笑)。ありがとうございます」
HISASHI「なんか今日は、太田さんがワリと時間どおりに来てくれただけで、すでに達成感があるんですけど(笑)。それで、とりあえずすごく初歩的なことを聞いちゃいますけど、まずヴァイオリンとの出会いというのはどうだったんですか?」
太田「それが実はよく覚えていないんですよ。でも、とにかく親に聞かされている話では、自分がやると言いはじめたって……」
HISASHI「それは、ヴァイオリンをですか?」
太田「そう。だから、たぶんテレビとかで見たのか、それとも近所のお兄さんお姉さん……といってもきっと小学生くらいの人たちだと思うんですけど、なんか演奏をやっているのを見て"あれをやる!"と言い出したらしいんですよ」
HISASHI「へえー。でも小さい頃から始めるといえば一般的にはピアノとかですよね。高度経済成長期に情操教育の一環で……みたいな(笑)。あと、年頃になってくるとモテたいがためにギター!とか(笑)。でも、ヴァイオリンってもともとクラシック的ハイソな臭いが強いですよね」
太田「ええ、日本だとそうですよね」
HISASHI「でも、太田さんの場合は、演奏を聴いたことのある人はご存じかと思うんですが、すごくいろいろな民族性にあふれつつもけっきょく太田さん独自のスタイルになっているじゃないですか。僕はそこがすごく好きなんですけど……」
太田「ありがとうございます」
HISASHI「それで、そういう独特のスタイルに至るまでに、最初はやっぱりクラシックだったんですか?」
太田「そうなんですよ。いわゆるお稽古ごとでやったワケですよ。で、親に5歳からって言われているんで、きっと5歳からだったと思うんですけどね」
HISASHI「習い始めたワケですか?」
太田「そうなんですよ。ところが、"そんな歳からヴァイオリンなんてやっているってことは、そうとういいトコのぼんぼんでしょう"みたいなことをよく言われるんですけど、実は僕は熊本のラーメン屋の息子なんですよ」
HISASHI「エッ?! そうなんですか?」
太田「そう! とんこつラーメンですよ(笑)」
HISASHI「エーッ!!! じゃあ、ラーメンにはうるさいでしょう(笑)」
太田「まず"とんこつがラーメンだ"と思ってますからね。で、おいしい醤油のラーメンも好きなんですけど、僕はあれは"シナそばだ"と思ってます(笑)」
HISASHI「ああ、なるほど」
太田「家のラーメンはとんこつの中でもワリとアッサリ系で、すごくおいしかったという記憶があるんですけどね。親父一代で終わってしまったんですよ。だから、今ごろになって"家を継げばよかったな"ってちょっと思っているですね。作り方はなんとなく記憶にあるので、そのうち作ってみようと思うんですよ」
HISASHI「太田さんのラーメン、食べてみたいですね(笑)」
太田「ラーメン屋の息子がやっちゃいけないということはない思うけど、ヴァイオリンを習うようなイメージとはちょっと違うでしょ(笑)」
HISASHI「でも、5歳でヴァイオリンを習い始めるってことは、それはその時点でもうなにか運命的なものがありますよね」
太田「そうですよね。だから、後になって自分でこじつけている部分もあるんですが、今HISASHIが言ってくれたように、その時から僕の運命は決まっていたのかな?って。それからどんどんヴァイオリンの音色にのめり込んでいって、その後で民族音楽のいわゆるフィドル(ヴァイオリンの別称)の世界に行ったのも特にキッカケがあったワケじゃないですしね。自然にそういう音色になっていって、自然にあっちこっちの民族音楽を取り入れるようになって……最終的にはどこの音楽でもないものができあがっているんですよね。でも、いちばん最近思っているのは、ヴァイオリン1本で歌っている大正演歌……いゆるヴァイオリン演歌の世界なのかな?って」
HISASHI「ああ、わかるような気がする!」
太田「つまり、ヴァイオリンなんですけども、きわめて日本人的なものになっているのかな?って。アジアにはいっぱい擦弦楽器というか、弦を弓で擦って弾く楽器がありますけど、西洋のヴァイオリンから民族音楽を通って、けっきょく日本人の日本語で歌うヴァイオリンになっている。それも、弦を擦って弾く楽器とユニゾンして歌っているというのは、DNAではないですけど、僕の中にずうっとそこに向かっている道がなにかあったんじゃないかと思うんですよ」
HISASHI「特にヴァイオリンの音のもの悲しさって、ヨーロッパ的なもの悲しさの表現もあれば、すごーく日本情緒に根ざしたものもありますよね」
太田「ヴァイオリンって楽器は、どこかで西洋と東洋がつながっている感じがしますよね。それとあとひとつは、それとはまた見方が違うんですけど、僕が東京に出て来た時に、まず"ヴァイオリン・ソロの仕事はないよ"って最初に言われましたよ。当時は、"どっかのストリングス・セクションに入ったら仕事が来るよ"って言われてましたね」

"ジプシーが弾くような「眠れる森の美女」……もうこれは太田さんしかできない"と思ってお願いしたんですけどね
(HISASHI)
HISASHI「そもそも東京にヴァイオリンを引っさげて出てきた頃っていうのは、どんな音楽を目指していたんですか?」
太田「まぁ僕は、お稽古ごとでヴァイオリンを習っていたけど、その時はあまり熱心ではなかったですね(笑)。で、同時に小学校ぐらいからは器楽クラブでコントラバスをやっていたので、クラシックのヴァイオリンやコントラバスというのは、小さい頃からずうっとやっていて、地元のオーケストラとか大学のオーケストラとか市民オーケストラとか、いろいろやっていたんですけどね。でも、小学生くらいからグループ・サウンズとかがあって、兄の影響でヴェンチャーズとかビートルズとかストーンズとかのロック・バンドもずうっとやっていたんですよ。で、その時はエレキ・ベースを弾いてましたね。ポール・マッカートニーみたいにヴァイオリン型のベースを弾きながらビートルズを歌っていたんですよ」
HISASHI「エーッ!!!! ホントに?!(笑)」
太田「学校の文化祭とかはそういうノリで。で、途中からジャズに出会って、もう(ジョン・)コルトレーンとかマイスル(・デイヴィス)一辺倒になって……それもウッド・ベースでやってましたね。ピアノかウッド・ベースだったですね。だから、もう大学の頃とかは、クラシックのオーケストラのサークルやりながら、ロック・バンドで歌いながら、ジャズ・バンドもやってっていう……もう忙しいのはその当時からずうっと一緒だったんですよね(笑)」
HISASHI「そうだったんだぁ。イヤ、太田さんがそんなことやっていたとは驚きだなぁー」
太田「それで民族音楽の方も、僕は熊本出身で鹿児島大学に行っていたんですけど、ちょうどその頃、NHK-FMで小泉文夫さんが日曜の午前中に「世界の民族音楽」(1965年放送開始)という番組をやっていて……」
HISASHI「そう! あれは画期的でしたよね。それまで民族音楽の番組なんてなかったですもの」
太田「あれをいっぱいエアーチェックして聴いて、その影響で弦を弓で擦って演奏する民族楽器を追い求めましたね。だから、ロックとかでもプログレとかヴァイオリンの入っているロックばっかで……もうヴァイオリン・オタクになっちゃって(笑)」
HISASHI「そういえば、昔はロックでもヴァイオリンが入ってるのいっぱいありましたものね(笑)」
太田「おかげでヨーロッパのプログレとかアヴァンギャルド(・ロック)とかは、ものすごいレコードを持ってますよ」
HISASHI「だから、太田さんの場合は、最初にヴァイオリンというものがあって、それを媒体としての好奇心で、どんどんどんどん引き出しが増えていった感じなんですね」
太田「そうですね。ヴァイオリンを中心にはしてるんですけどね」
HISASHI「究極、そうだと思いますよ。それで、ヴァイオリンを引っさげて東京に出てきて最初の仕事ってどんな仕事でした?」
太田「そう。最初に"ヴァイオリンのソロでは仕事ないからストリングスに入れ"と言われたんですが、当時でももはやクラシックの臭いはなくなっていたので……(笑)」
HISASHI「(笑)そういえば昔、新劇の劇伴で初めて太田さんに仕事を頼んだのが、なんとバレエの「眠れる森の美女」を弾いてっていうので、困らせましたね(笑)」
太田「ああ、あれは覚えてますよ! しかも書き譜でね(笑)。そうそう、僕よくインタビュー受ける時に、"最初の頃にヴァイオリンの仕事で苦労したんですよ"っていう話のひとつにあれが入ってますよ(笑)」
HISASHI「ワオッ!」
太田「(笑)でも、あれはぜんぜんHISASHIが悪いんじゃなくて……どこのスタジオでも似たようなことが起こっていたんですよ。今は違いますけど、当時ふつうのヴァイオリンの方は、やっぱり譜面に書いてないと弾けない人が多かったんですよ。だから、まず譜面に書いてあって、しかも作曲者の方の意図で書かれているので、"これはヴァイオリンではけっこう難しいんだけどなぁー"ってこともありながらの書き譜だったんですよ」
HISASHI「そう! 当時はね」
太田「で、僕はね、譜面見て弾くのが苦手で、しかも音色がクラシックのヴァイオリンじゃないし……やっぱり頼む人はヴァイオリンっていうのを求めているんですよね。だから、最初の数年というのは、スタジオで引き始めると"誰がコイツを呼んできたんだ?"みないな雰囲気になって(笑)、あやうく葬り去られそうになった時期がありましたけどね(笑)」
HISASHI「エエ?! ホントに?」
太田「それで、“確かに思ってらっしゃる奏法とか音色とかとは違ってますけど、こういうスタイルのヴァイオリンは、実はパーセンテージでいえば世界的にはそっちの方が多いんです。僕はいくらでも証拠を出せます。こんなおもしろいものもありますし、こういうものもありますから"って……それで作曲家の方もアレンジャーの方も、クライアントの方もそういうヴァイオリンがあることを知った上で、"あの太田に頼みたい"という仕事でなければ僕はやりません!っていうのを、それから数年続けたんですよ」
HISASHI「なるほどね」
太田「で、噂を聞いて僕に直で頼みたいと言われても、"僕の場合は書き譜じゃない方がいいです"って。"アイリッシュ風とかアラブ風とかって言われても、失礼かもしれませんが、たぶん僕の方がそのニュアンスを知っていると思うんで、できれば書き譜じゃなくしてください。ただ、どうしても歌の旋律をなぞりたいというのであれば、シンプルに簡単なメロディーだけ書いてください"って……」
HISASHI「今考えるとあれは、ホントにごめんなさいでしたね(笑)」
太田「いや、あの頃は僕もまだ未熟だったんですよ」
HISASHI「あの時ってジプシーの話だったんですよね。それでそのジプシーが唯一自分の中に覚えているメロディーが「眠れる森の美女」であるっていう原作だったんで、"ジプシーが弾くような「眠れる森の美女」……もうこれは太田さんしかできない"と思ってお願いしたんですけどね」
太田「いやー、まぁ僕自身も変わってきてるので……」
HISASHI「僕も変わりましたよ(笑)」
太田「あれはあれですごく勉強になっていますよ(笑)」
僕らは楽器であったり音楽であったりですけど、ほかの人はなにかそれに代わるものがあると思うんですよね。それによってたくさん救われてますよね
(太田)
HISASHI「そういえば太田さんは今は亡き伝説のライブハウス、あの"渋谷ジャンジャン"の最多出演アーティストですからね」
太田「いや、ジャンジャンをぶっ潰したのは実は僕だったかもしれない(笑)」
HISASHI「でも、太田さんってホントに共演者が多いじゃないですか。もちろんロック畑の人もいるし、活動のフィールドとしては芸能界チックな人とも競演しいる一方でアーティスティックな人とも共演していたりとか。どこに行っても同じスタンスでやれてるっていうのは、ほんと尊敬に値しますよね」
太田「いあー、自分の中ではなんのこだわりもなく、なんの考えもなくやっているだけなんですけどねぇ。でも、つい最近は僕自身の中でちょっと悩んでいることがあって、"「悩み解決サークル」で相談してみようか"とか思ったりもしていんですよ(笑)」
HISASHI「ホントですか?(笑)」
太田「それはいまの話ともちょっとつながるんですけどもね。やっぱり自分ではふつうのつもりでいろいろなジャンルの音楽をやっているんですよ。それで、自分のサイトの掲示板と、その方から呼ばれてよく共演させてもらっている方のサイトの掲示板で、"ここ2ヶ月くらいの太田はだいじょうぶか?"とか、"太田はおかしいんじゃないのか!"とか、"はっきり言って演奏がよくない!"という書き込みがあったらしいんですよ。自分ではそういうものはあまり見ないようにしているんですけども、その話を聞いたので確認したらやっぱりあったんですよ」
HISASHI「そうなんだ」
太田「いろいろと考えてみると、ヨーロッパから帰ってきたばかりでいろいろと忙しかったので、"ちょっと疲れも残っていたのかなぁ"という気持ちもあるんですけど、でも、まぁねぇ、貴重なお金と時間を使って来てくださるお客さんに、"ぜったいにそういうものを見せない!"というのが僕の芸人根性なので、周りにもいろいろ聞いて自分にどこかおかしいところがあるのか? ないのか? 検証してみたんですよ」
HISASHI「それでどうだったんですか?」
太田「それがどうも、いろいろやり過ぎているので、ある演奏ではすごく癒し系の柔らかい音色で悲しげに弾いていて、そのヴァイオリンが好きだと思った方が、たとえば灰野啓二さん(世界的に有名なアヴァンギャルド・ミュージック・アーティスト)とやる時は、もうマーシャル・アンプを最大に鳴らして、お客さんが耳が痛くなって出て行くような完全轟音で演奏しますから、そういうのを見たらそのギャップでね、"ああ、太田は気が狂った!"とかって思ってしまってもおかしくない(笑)。まぁ、それに似た現象ではないかと。あとはほんとに自分が調子悪くなっているんだったら、気をつけようと思ってはいるんですけどね」
HISASHI「うーん、難しいものですね(笑)」
太田「サイトでそういうことを書き込むことの是非みたいなものとは、また別の話なんですけどもね。これから太田に仕事を頼もうと思ってサイトを見た人が、微妙に影響されることも考えられますからねぇ」
HISASHI「ほんとそうですよね」
太田「インターネットの善悪とかとはぜんぜん別問題だし、書き込んだ人は書き込んだ人の覚悟やら考えがあって書いていると思うので、そのことはぜんぜんイヤじゃないんですし、そういうことでめげないようにしようとは思っているんですけどね」
HISASHI「イヤ、太田さんは太田さんのままでいてくださいよ」
太田「まぁ、それしかないですよね。ただ、今はちょっといろんなところでやっているんで、聴く人、聴く人で印象が違う場合もあり得ると思うんですよ。僕の演奏を聴いてくれる人は、僕が共演させてもらっている方のファンの方っていうのが多いと思うので、僕のことを総合的に、ほとんど網羅して聴いていてくれるいる人は、たぶんとても少ないと思うんですよ」
HISASHI「でも、生意気言わせてもらえば、そういうことも含めて、まだ太田さんの音楽が変化し続けている、生き続けているっていうことじゃないですか」
太田「そうですね、そう在りたいと思ってますし……」
HISASHI「ぜったいに変わってほしくない部分っていうのもあるけども、それは本人がいちばんわかっていることだと思うし、ほかはもういろいろな場面がありますよね」
太田「まぁ、傷ついていないことはないけど、そういう時の自分の感情とか気分のコントロールの仕方みたいなのも、音楽家としては大事な問題なので、謙虚に受け止めつつ精進するというのかな……やっぱり、音楽とかヴァイオリンが好きなのは、いろいろあっても真面目に努力して音楽に立ち向かって、初心に帰ってヴァイオリンを演奏しながら音楽で会話するみたいなことをやっているとかならず結果が出ますものね」
HISASHI「そうですね」
太田「やっぱり、そこが救いで音楽やってますからね」
HISASHI「たとえば、現実の生活がどうチャランポランになっていたとしても、どこか真摯になれる部分があるだけで、"ああ、やっぱり音楽なんだなぁ"と……ほんとに、音楽に対してはいちばん真面目で在りたいなと思ってますよね」
太田「そうですね。で、僕らは楽器であったり音楽であったりですけど、ほかの人はなにかそれに代わるものがあると思うんですよね。それによってたくさん救われてますよね」
HISASHI「僕もネットのことはあまり詳しくないですけども、書き込まれている内容を見ると、自分のステージをぜんぶ見てないと分からないことが書いてある。だから、お金を払っていて、しかもマニア的に追っかけしているみたいに聴いてくれているのに、書き込みでは罵詈雑言が書いてあるのは、ステージに立つ人間として観客にそんな人がいるっていうのは怖いと……」
太田「あるよねぇー!! たぶん僕らってステージで、すごく心臓に毛が生えているように見えるんでしょうね」
HISASHI「いやー、気分的にはもう丸裸なのにー(笑)」
太田「すごい繊細ですよね。小心者ということでは、ネズミのように生きている!(笑)」
HISASHI「(笑)……僕はヒヨコのように生きている(笑)」
太田「きっとステージでは態度がでかく見えるんでしょうね」
HISASHI「でも、それじゃなかったら木戸銭もらえなくなっちゃうワケですものねぇ」
太田「でも、そういう書き込みをしている人も、たぶん間違いなくその人のファンなんですよ。それでかわいさあまって憎さ100倍みたいな。あと、"自分はほんとにその人のことをよく知っている"っていう裏返しの表現なんでしょうね」
HISASHI「だけど、それをちゃんと名前を出して掲示できないなんて、その人も小心者なワケですよね」
太田「ねぇ。お互い様ですね(笑)」
HISASHI「お互い小心者じゃん!っていう(笑)」
太田「できれば建設的な方向に行きたいですよね(笑)」
ステージでやっても、"アッ、シマッタ、今日はやらなければよかった!"みたいのがあるんですけど(笑)
(太田)
HISASHI「行きたいですね(笑)。で、今回のテーマは「マルチな才能」っていうことで言えば、太田さんはお芝居もするじゃないですか。映画にも出演しているし、ミュージカルもやっていましたっけ?」
太田「いわゆる小劇場といわれるようなところとやる時に関しては、音楽と出演みたいな。まぁ、ダンサーといっしょにやるのが多いですね。芝居がかってるダンスみたいな感じですかね。映画もぜんぶ含めればそうとうやっている方だと思いますけど」
HISASHI「僕も昔は、自分のレコードを買うお金くらいは一生懸命ラジオに出て稼いでいたワケですよ(笑)。でも、太田さんって見るからにお芝居しそうな感じがするし、それこそ多才……多才っていろんなことができるっていうよりも、なにをやっていてもそれを通して太田恵資という人が見えてくるということだと思うんですよね」
太田「いやいや、それほどでもないですよ」
HISASHI「あとひとつHISASHIが驚愕しているのは"ホーミー"(倍音を使って1人の人が同時に2声以上の声を操るモンゴルの伝統的唱法)ですよね」
太田「声の方ね。でも、あれも実はホントのホーミーではないんですけどね」
HISASHI「そうなんですか?(笑) でも僕は、ホントのホーミーとの違いがよく分からない(笑)」
太田「なんでしょうかね。民族音楽って、やっぱり本物をやりたいんであれば、本物を聴きに行くべきだと思うし、リスペクトっていう意味でも、僕の中では民族音楽を真剣にやっているので、誤解を恐れずに言わせてもらえば、日本人のやっているアラブの音楽とか、インドの音楽とか、ホーミーもそうかもしれないですけど、本当の意味で……彼らの血や肉という意味で、その域に到達できるとは思っていないんですよ。ただ、手法としての声の出し方とか音の出し方っていうのは真摯に学んでいるつもりなんですけどね」
HISASHI「なるほど……」
太田「だから、そういう意味ではホーミーとか、隣のトゥヴァ共和国(ロシア連邦)のホーメイと呼ばれているものと、同じ方法で声を出しているというのはあるんですけど、僕のはホーミーではないと思ってますね。唱法が同じというか……」
HISASHI「でも、その手法を身につけるいうとこでは、太田さんはやってみようと思ってトレーニングしたワケでしょ」
太田「そうですね。そうとう時間がかかってますけど」
HISASHI「あれはトレーニングすることでできるようになるものですか?」
太田「……できると思います。非常に物理的に解明していけば、たぶんできることだと思うんですけど、ただ声質みたいなことが最終的には関わってくるので、出やすいか出にくいかっていうのがあると思うんですよ。男性、女性でいうと、女性は元から声が高いので、ドローン(通奏低音)……つまり基音になる音が高くなって必然的に出てくる倍音も高くなると、聞こえにくいかな?っていうのはありますね」
HISASHI「なるほど、声の響きとしてですね」
太田「そうね。やっぱり、男性のある程度ドスの効いた声が低音にあるといいところで……口笛みたいなところの高さで倍音が出るんですよね」
HISASHI「エッ?! 倍音でそんな高い音が出るんですか」
太田「鳴ります、鳴ります。もうピーヒャラ、ピーヒャラって」
HISASHI「ホントに?!」
太田「もう自然倍音なんで、祭りの笛みたいな感じですよ」
HISASHI「ヘェー!!!」
太田「向こうの人は、もうそれでメロディーだって自由にやれますよ」
HISASHI「エエー?!?! メロディーも??」
太田「だから、ちゃんとホーミーの曲っていうのが何十曲も何百曲もあるんですよ」
HISASHI「うぁー、スゴーイですね」
太田「まぁそれは、現代の西洋音階から見ると音程の悪いペンタトニック(5音音階)みたいな感じ曲ですよ」
HISASHI「じゃあ、太田さんも歌えるの?」
太田「僕はね、よっぽど調子がよくないとそういうメロディーにはならない。"ああ、倍音がきれいに聴こえた"っていうレベルですね」
HISASHI「それって、その時の喉の具合とかですか?」
太田「きっとあるんでしょうね、飲み過ぎたとかタバコを吸い過ぎたとか(笑)。ステージでやっても、"アッ、シマッタ、今日はやらなければよかった!"みたいのがあるんですけど(笑)。きっとそういうのを見ると、掲示板に書かれるんでしょうね(笑)」
HISASHI「"よくない"とか……(笑)」
太田「でもね、調子がいいとほんとにお祭りの笛みたいな感じのが聞こえますね。口笛みたいな音で。で、達人はたぶん物理的に言うと逆位相の倍音とかを出して、ドローンを消すことができるですよ。だから、まったくメロディーだけが聞こえる……」
HISASHI「エッエッエッー!!! 好きな時に消したり出したりできるワケ?」
太田「コントロールできる人は……もう名人という人はそうですね」
HISASHI「そんなぁ〜?!」
太田「だから、ホントのホーミーっていうのはそこまで行っているので、"ホーミーですね"って言われると、"ホーミーではないですけど、同じ唱法ですよ"っていう言い方をするようにしているんですよ」
HISASHI「なるほどねぇー」
太田「あと、低い方もマイナスの倍音みたいのが出せて、実際に出ているドローンよりもさらに低い音を出したりもしますね。それは人間の声とは思えないような、地を這うような低い音も出します。だから、それが本物のホーミーなんですよ」
HISASHI「それは、モンゴリアンの声帯に合っているってことですか?」
太田「それもあると思います。よく"僕にもやれますかね?"っていう人がいるんだけど、そういう人に最初にいうのは"モンゴロイドだからできると思いますよ"って。"蒙古斑があった人ならできますよ"って言うんですけど(笑)、たぶん骨格的なものとかDNA的なものでいうと日本人は出やすいと思います」

「いや、HISASHIはまったく本気ですよ(笑)」(HISASHI)
「僕も本気ですから(笑)」
(太田)
HISASHI「じゃあ、アジア独特のものなんですか?」
太田「ただ、フランスなどではそういうことをめちゃくちゃ研究しているので、フランスにはもっとすごいことができる人がいますよ。人間1人の声で和声を出して、しかもその和音が平行移動ではなくて、きれいな2声のハーモニーで歌っていく人がいましたね」
HISASHI「それは録音かなんかがあるんですか?」
太田「僕は生で見ました。渋谷のシアターコクーンかんなかで、映画がらみのイベントに出ていたんですよ」
HISASHI「その人はそれを生業としてやっているんですか?」
太田「フランスってポンピドー・センターとか国立の機関でそういう研究をやっているんで、たぶんそのポンピドー・センターのそういう集団が来ていたんでしょう。とにかく白塗りで男の人か女の人か性別もよくわからなかったんですけど、1人で違う旋律を同時に歌っていたんですよ」
HISASHI「それは生で???」
太田「生、生。それをウリにしているの。で、その唱法にはなんか名前が付いていたんですけどね」
HISASHI「じゃあきっとその人、唯一無二でしょうね」
太田「たぶんね」
HISASHI「だから、モンゴルでのホーミーっていうのが、一般的にホーミーとして知られているけど、同じような声を駆使したものっていうのは全世界にいろいろあるっていうことですよね」
太田「だから、僕がホーミーに興味を持ったキッカケは、最初はアラブ音楽とか、北アフリカの少数民族のベドウィンの音楽を聴いてマネしていたんですよ。で、立てて弾く擦弦楽器を弾きながら、ベドウィンの人が大正演歌のように歌とユニゾンでやっている音楽があって、その歌の歌詞を延ばしているところに一瞬倍音がバーッと出てくるんですよ。それがおもしろいと思ってマネしてたら"ホーミーですか?"っていわれたことがあって、"ああ、ホーミーって倍音が出るんだ。そういえばそういう噂を聞いたことがあるなぁー"って思っていたら、巻上公一さんとか身近にやっている人がいたんで、マネしようと思って共演している時にずうっと見ていてね。そもそも僕は"教えてください"っていうのは、実は失礼なことだと思っているんですよ。その人が何年もかけて身につけたもののオイシイところだけ持って行くというのは失礼だと思っているんで、"教えてください"とはぜったいにいわずに、見ていて門前の小僧(習わぬお経を覚える)の例えで、そうとう時間はかかってますけどなんとか身につけました」
HISASHI「巻上さんのはホーミーなの?」
太田「モンゴル共和国の隣のトゥヴァ共和国のホーメイっていう……ホーミーとはすごく似てますけど、それぞれに誇りがあると思うので、巻上さんはそこに敬意を表して、"僕のはトゥヴァのホーメイです"っていってますね」
HISASHI「練習は自分の部屋とかでやるんでしょ?」
太田「そうするとやっぱり近所迷惑ですね(笑)。家族はヘンな目で見るし(笑)」
HISASHI「それはそれでまた、"アレ? 太田さん狂っちゃった?!"って(笑)」
太田「居酒屋で"あれやって!"とかいわれてやっていたら、ヘンな宗教団体だと思われて追い出されたことがありますけど(笑)。"そういうお祈りみたいな声をだすのは、この店では……"みたいな(笑)」
HISASHI「いやー、でもおもしろい。だからみなさん、ぜひとも生の太田さんにふれてみてください。そういえば、以前に1回飛び入りさせてもらったことがあるけど、今度はぜひ二人名義でやりましょうよ」
太田「ホント、やりましょう」
HISASHI「太田さんは前に賢ちゃん(3回目のゲスト谷川賢作)のところにリハで集まってジャズのスタンダードを何曲かやってみた時に、すごくいいグルーブでカッコよくきまってましたよね。いや、ジャズになるとほんとにもうバシッとジャズになっている」
太田「まぁ、ヴァイオリンおたくなんで、ジャズ・ヴァイオリンっていうジャンルもすごく聴いているんですよ」
HISASHI「ジャズ・ヴァイオリンっていうと、HISASHIなんかは懐かしいノエル・ポインターとかを思い出してしまうんですよ(笑)」
太田「ああ、ノエル・ポインターね。残念ながら'95年に亡くなってしまいましたね。ジャズ・ヴァイオリンってジャンルも深いですね」
HISASHI「(ステファン)・グラッペリとかもいいですよね」
太田「日本でもようやくグラッペリが認識されて、今はクラシック出身でちょっとジャズもやってみたいという方はみんなグラッペリ、グラッペリっていってますけど、昔はジャズ誌でグラッペリは"これはジャズじゃない"って書かれてましたからね。でも来日してから後は、やっと"グラッペリはすばらしい!"っていってくれるようになりましたけどね。これはちょっとオタクの話なんですけど、グラッペリの時代にはああいうスタイルのジャズ・ヴァイオリンが山ほどいるんですよ。ほとんど知られてないですけどね。僕はそういうのを集めるのが好きでねぇ(笑)」
HISASHI「じゃあ、あの賢ちゃんとこのノリでぜひ共演を!」
太田「そうですねぇ。芸能界で"今度一緒にやりましょう"っていうのは社交辞令だって話があるけど、僕らはそれではいけないという(笑)」
HISASHI「いや、HISASHIはまったく本気ですよ(笑)」
太田「僕も本気ですから(笑)」


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