映画に注ぐ情熱はマンガ以上(?!)。
マンガ家としてヒット作を連発する一方で、映画大好き人間として知られる神崎将臣氏。映画好きがこうじてハリウッド映画をプロデュース、今年は初監督作品「PRESS BAN」を発表するなど、映像クリエーターとしての顔も持つ氏が、監督の意図が誤解されていたり文化の違いなどから正しく理解されず、“ダメ映画”“おバカ映画”として冷遇されている恵まれない映画たちの救済に立ち上がる。
題して「神崎将臣のMOVIE AID」。
その内容は、“映画は監督はじめスタッフや出演者の情熱と愛情が注がれて生まれてくるもの。
だから安易な批判はするべきではない”という映画博愛主義を掲げる氏が、胸一杯の映画愛を持って、“ダメ映画”“おバカ映画”と評される作品の見所や楽しみ方を、書き下ろし原稿に直筆イラストを添えて提案していこうというものだ。
そのスタートとなる今回は、神崎将臣氏本人に映画への熱き想いを語ってもらった。
今年「PRESS BAN」で念願の監督デビューを果たした神崎氏。その映画好きの原点は、子供の頃に見たテレビの映画番組だったという。
「僕が小学生の頃は、「日曜ロードショー」「月曜ロードショー」「金曜ロードショー」って、ほとんど毎日どこかの局で映画番組をやっていたんですよ。
それで、ウチのおやじはめちゃくちゃ恐ろしい人だったんですけど、唯一映画だけは見ていいということになっていた。だから、映画を見てれば夜更かしができたわけです。
当時はビデオもなかったですしね。なぜ映画だけはよかったのかというと、おやじが見たかったから、という話もあるんですけど……(笑)。とにかく、「キングコング」の続編の「キング・コングの復讐」(1933年作品)を“映画館で観た”、という話をよくしてましたからね。あと、「ゴジラ」(1954年作品)を“当時のロードショーで観た”というのも自慢でした。そういう映画好きのおやじに影響されて……ということはあると思います」
こうして厳格だったお父さんの影響で映画を観るようになった神崎少年。だから、趣味で社交ダンスをやっていたお父さんが好きだったフレッド・アステアのミュージカル映画もよく見ていたという。
「当時小学校2年生くらいでしたけど、映画を観るチョイスがウチのおやじからの受け売りだったので、ミュージカルは観るは、「眠り狂四郎」は観るはで、チャンバラからミュージカルから戦争もの
からマカロニ・ウェスタンからって、わけもわからず片っ端から観てたんですよね。だから、僕はいまだに好きなジャンルっていうのが特にないんですよ。それに“映画”っていう2時間で終わる素敵なストーリーが好きなので、テレビの連続ものとかがけっこうつらくなっちゃうタイプなんですね。「24」とかは途中でつらくなっちゃう。“早くしてくれよ!”って(笑)。逆にテレビでやっている“2時間ドラマ”。僕はあっちの方が見やすいですね。けっきょく僕の中での集中力は2時間しか持たない(笑)。でもよく考えると、2時間ぐらいである寓話を人に見せるというのが、いちばんいい時間枠なんだなと思いますよ」
そして、小学校高学年になると、母親を財布から300円をくすねては渋谷の「東急名画座」という映画館に通っていた神崎氏。
「もう“悪いことしている”という罪悪感よりも“映画を観たい!”という欲求の方が勝っちゃってましたね(笑)。小学生が1人で朝から晩まで「パピオン」(1973年作品)とか「セルピコ」(1973年作品)とかを観てるわけですから、いま考えるとバカみたいですよね(笑)。で、生まれて初めて感動で震えた映画は「ロッキー」(1976年作品)でした。「ロッキー」は中学1年の時に友達と観に行ったんですけど、最後の戦いのところではずうっと手がガタガタガタって震えていたんですよ。そしたら隣の友達に“うるさい!”って言われちゃった(笑)」
というわけで映画に対する感受性の強さは人一倍。そんな神崎氏の心の中にはいつからか、“将来映画を作りたい!”という夢が生まれていたという。
「中学生3年の時にたまたま8ミリ映画を作っている友達と出会って、それで無理やり仲間に入れてもらったんですよ。当時8ミリのカメラや映写機なんて高くて、とても買えるようなものじゃなかった。だから、その連中の中に飛び込んで、カメラを回させてもらったりしてね。でも、その子たちは「仮面ライダー」を作っていたんです。それはそれで楽しかったんですけど、心のどこかでは“僕がやりたいのはコレじゃないんだ!”と思っていたのも事実でしたね。だから、よくケンカしてましたよ。僕が“ここからこう撮りたい”というと、“「仮面ライダー」はそんな撮り方はしない”とか言われてね(笑)。それで家に帰って、「仮面ライダー」のビデオを何百回となく観てカット割りを研究したりとかしてました。当時はなぜか、映画は脚本からなにから、みんな監督が作っていると思っていたんで、だから映画監督にすごくなりたかったんです」
そして約30年後、神崎氏は初監督作品「PRESS BAN」で少年時代からの夢を実現させたわけだ。
そんな神崎氏が不遇の映画たちのためにボランティア精神を発揮するこのコラム。はたしてどんな内容になるのだろうか?
「僕はね、たとえば「007」であのテーマ音楽が流れて来ただけでもうワクワクしちゃう。「ミッション・インポッシッブル」(1996年作品)のアクション・シーンの一番いいところであの曲がかかるじゃないですか。僕はあれだけ満足なんですよ。あと、「遠すぎた橋」(1977年作品)とかだと、“ああ、スターいっぱい出てる。もう最高!”みたいな。「ベンハー」(1959年作品)とか「クレオパトラ」(1963年作品)すごい数のエキストラを使っていた昔の映画でも“オイオイ、いったい何人が映っているんだよ”とかね。基本的には“いっぱいお金かけて、おもしろいものを見せてよ”って感じなので、どっちかというと理屈っぽい映画よりも、娯楽大作的な映画の方が好きなんです。だから、ネットとかに書いている批評家さん達からは“オマエ、なに甘いこと書いてるんだよ!”って言わ
れちゃいそうで、ちょっと怖いんですけどね(笑)。ただ、僕は作り手もやっているんで、作り手側の意志っていうものもちょっとだけわかるつもりなんですよ。映画ってすごく細かいところにもこだわって作っているようですけど、実際、現場にいると意外とこだわってなかったりもするんですね。逆に、見る人が予想もつかないようなところにこだわって作っている人もいます。それで、僕が書きたいのはそういうところなんです。“この監督は実はここらへんにこだわっているんじゃない”とか、“この映画はここがいいって言われているけど、実は違うところによさがあるんじゃないかな”とかいうことを、おもしろく書いていけたらいいなと思ってます」
氏いわく“どんな映画もかならずおもしろいところは発見できる”。そんな映画の魅力再発見のツボを提示することで、俗にいう“ダメ映画”“おバカ映画”の神崎将臣流楽しみ方を知ってもらおうというのがこのコラムの目指すところだそうだ。
「こないだ鈴木清順監督の「オペレッタ狸御殿」(2005年カンヌ映画祭栄誉上映作品)に出させていただいて、監督の撮り方を見ていると、“監督は、おもしろがって映画を撮っている人なんだなぁ”と思っちゃたんですよ。こういうことを言うと、清順監督のファンの人に怒られちゃいそうですけど、現場で“単純にカッコいい映像を撮りたい、映像でビックリさせたい”ってこだわっている監督の姿が見えてくると、なんかほほえましくなってきたりね。映画の現場って、意外とそういう単純なことにこだわっていたりする。僕は、“お金いっぱいかけて爆発何回できるのか?”とか“何人殺してやろうか、このシーンで”みたいな、どーでもいいようなシーンに大金をつぎ込んでいるようなバカやっている映画は、基本的に大好きなんです。そういうことをやってしまうイケイケのガッハッハおやじがいないと、映画はおもしろくならないですよね(笑)。“せっかく夢を作るんだから、バカやってよ”っていう感覚が僕の中にあるんです。あと、“お金ない! どうしよう?”っていって、みん
なで頭つきあわせて“なんとかいいものを作ろう!”ってやってるガキっぽさ。どっちにしても、いい大人が映画作りに没頭するあまり子供になっちゃってるみたいな……映画って現実にないものを作るわけですから、作り手にもそういうロマンがあっていいんじゃないかと思うんですよね。だから、すごいお金と時間をかけて作った大作映画が見事に大コケしちゃう監督もいれば、後先考えずに映画にお金をかけすぎて破産しちゃう監督とかが現実にいるわけですよ」
と語る神崎氏。しかし、そんな不幸な星を背負った映画でも、監督に取ってみれば愛すべき作品なのだという。
「でも、監督にしてみれば、自分の作った映画はたとえ“ダメ映画”“おバカ映画”といわれようとも、やっぱりかわいい子供たちなんですよ。もし本当にダメな子供だったとしたら、監督は自分の手で殺していますよ、きっと」
つまり、監督自身が“ダメ映画”“おバカ映画”と思っている作品は世に出さないから、

一般公開されいる映画に本当の“ダメ映画”“おバカ映画”は存在しないはずだ、というのが神崎氏の理論。そんな視点に立って、全世界の恵まれない映画たちの救世主になるべく、マンガ締め切りの多忙なスケジュールをぬって連載をスタートさせる神崎将臣氏。はたして、氏が最初に救援の手をさしのべる映画はどの作品なのか?
「とりあえず候補はあるんですけど、まだちょっと言えませんね。どんな映画になるのかは、こうご期待ということにしておきましょう」
ということで、次回連載スタートをお楽しみにお待ちください。
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