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1DAY 8:15 新宿
「まるで俺たちは蟻だな」。吉田晋也は自嘲気味につぶやいた。
朝の通勤ラッシュ時の新宿駅構内は、まさに殺人的な混み方をする。
10数年間、新宿駅の混雑を経験しつづけている吉田でも、このつらさに慣れることは
できなかった。
「この中でマシンガンをぶっ放したら、さぞかし気持ちいいだろうな」
あらぬ妄想を抱きながら、現実から逃避するのが吉田がサラリーマン生活でつちかった通勤術だった。
ふいに吉田の背中に何かがぶつかった。かなりの激痛が走った。
後ろの人間の肘が思い切りぶつかったのだろう。
「痛てぇな」
いらついていた吉田は抗議の声を上げようとした。
「あれっ」
自分の声が出ない。背中の痛みはさらに激しくなり、たまらず吉田は座りこんだ。
背中に手を回す。手には真っ赤な血がべっとりとついていた。
吉田の意識は急速に遠のき始めた。
「ヤバイよ。どうなっちゃったんだろ。俺」吉田は遠のく意識の中でそう考えていた。
「キャ〜、この人、血が吹きだしてるっ」女性が絶叫したことであたりが騒然としだした。
絶叫した女性に、学生服を着た男が突進した。
「痛い、痛い」女性は金切り声を上げる。
女性の腹からも大量の血が吹きだした。
「ケケケケ」怪鳥のような奇声を学生服の男は発しながら、女性がもがくのを見つめている。その手には、40センチはあろうかというサバイバルナイフが握られていた。
男は不気味な笑顔を浮かべ、吉田と女性を指したナイフを自分の首に突き立てた。
8:45 渋谷
センター街。
夜との喧騒が嘘のように出社を急ぐサラリーマンたちが無表情・無言で歩いていく。その横で、酔いつぶれたり、明らかにラリっている若い男女がタムろしている。もはやかっての日本のような「安全な国」というイメージはこの街からは消え去っている。
「てめえら、スーツ着て会社行って、そんなに楽しいのかよ」
タムろしているうちの一人がふい叫んだ。耳に、唇に、鼻にといたるところにピアスをしている。目に異常な色をたたえ、ロレツも回っていない。顔には凄まじい笑顔が浮かんでいる。
「おい、何とか言えよ、このスーツ野郎」
サラリーマンたちは、厄介ごとを避けようと足早に通り抜けていく。
「てめえら、ウジ虫だ。俺がぶっ殺してやる」
その若者は立ち上がったかと思うと、近くに転がっていた鉄の棒を握り、サラリーマンたちの列に突進していく。
「ギャ〜ッ」
朝のセンター街が騒然とした。
若者から逃げ遅れた一人が後頭部を鉄棒で強打された。
ゴツッ。鈍い音とともにその男は昏倒する。
さらに、つまずいて倒れた女性に向けてその若者は突進し、容赦なく鉄棒を振り下ろしていく。
騒ぎを聞きつけて駅前の派出所から警官が急行し、若者を二人がかりで取り押さえる。
「キエーッ」若者は叫び声を上げた方と思うと、自らの舌を思い切り噛み切った。
大量の血が噴出す、しかし若者の顔には笑顔が浮かび凄惨さを際立たせていた。
11:00 大久保
コンクリートが打ちっぱなしになった部屋の中に、Tom Brownの「Funkin'For Jamaica」が流れた。
ベットから男がムクリと起き上がる。
ベットの下には、ジムビームのボトルが転がっていた。
「ツーッ」昨晩、このボトルを痛飲しての二日酔いなのだろう、男は舌打をした。
男の上半身は胸、肩、腹の筋肉が異常に発達し、強靭という言葉がピタリとくる。
右胸、両腕、そして、背筋のところにトライブや梵字のタトゥが入っている。
男はベットから滑り降りると、部屋の中央にあるテーブルに向かった。
テーブルの上に残っていた冷えたピザをつまみ、かぶりつく。
熱を失っているため、チーズが伸びることなくピザは容易に噛み切れた。
ピザを腹に収めると、酔いを醒ますためにシャワーを浴びに、バスルームに消える。
10分後、黒のパンツにTシャツ、そしてレザーのジャケットを身につけ、男は部屋を出た。
ガレージにあるSUZUKI GSX1100S KATANAに男は跨った。
この独特なフォルムを持つスーパーバイクは、天才デザイナー、ハンス・ムートにより「刀」をイメージしてデザインされたものである。フラッグシップたるGSX1100は'81年に初期型であるSZがデビュー。基本設計はそのままに'82年にSD、'83年にはSEとマイナーチェンジを重ね、'87年にはSZとほぼ同一 のSAE、外装やエンジンはSEと共通だがフレームが赤く塗られたSBEが限定販売された。その後、しばらく生産を中止していたが'90年にアニバーサリーモデルとしてSMが再登場。その後国内仕様のSRを'94年から再生産、そして'00年にはファイナルエディションとしてスズキは生産を終了した。
男が跨ったのは、その中でも名車の誉れ高い、'90年式のSMだ。
エンジンをかけると空冷4サイクル4気筒のエンジンが艶っぽいエキゾーストノーストがガレージ中に響き渡った。
12:00 西新宿
KATANAを駆った男は、西新宿の高層ビル街から中央公園を抜ける
それまでの近代的でアカ抜けたイメージは消えうせ、香港の裏道のような混沌とした街並みが現れた。
男は、小道に入った。数分進むとそこにはひっそりとたたずむ教会があった。
「西新宿パブテスト教会」
古ぼけた看板にはそう書かれていた
男は教会の扉を開けた、4人がけの席が2列に並んでいる非常にこんじんまりとした聖堂だ。
真ん中付近の席に中年の男が祈るでもなく、座っている。
男は、その中年の男のいる席に向かって大股で歩いていき、横に座った。
「ヒサキ、久しぶりだな」中年の男が振り向きもせずに声を発した。
「3年ぶりぐらいっすかね。」ヒサキと呼ばれた男は不機嫌そうに答える。
「そうつっかかるなよ。久しぶり再会を楽しもうじゃないか」
「何の用なんすか?」
「有能な仕事師のお前に頼みたいことがあるんだよ」
ヒサキは仕事師と呼ばれる闇の事件処理屋だ。
やくざや、外国人マフィアの間で起こる様々なトラブルを処理していく。
人殺しはしないものの、いつ警察に捕まっても不思議ではない。
それでも彼が今まで捕まらなかったことは、仕事師として有能なことの証明だ。
「刑事のあんたから仕事頼まれるとはねぇ、俺の格も上がったもんですね、山根さん」
ヒサキは、山根という刑事に皮肉を言った。
「俺は、冗談言うためにここに来たわけじゃないんだよ。それにお前をパクるならこんな手の込んだことしないで、お前の家にそのまま踏み込むさ。まっ、俺たちが何人かで踏み込んでも、返り討ちに遭うのが関の山かもしれんがな、王岱明殺しのヒサキよ・・・」
山根は初めてヒサキの方を振り向き、そう呟いた・・・
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