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13:00 西新宿
「王岱明だとぉ・・・」
ヒサキは語気を荒げた。ひっそりと静まり返った聖堂に低い声が響き渡る。
王岱明。
それは忘れようと思っても決して忘れられない名前。
ヒサキの過去を知る人間は誰もその名前を口に出すことはない。
故に久しぶりに聞く王岱明(ワンタイミン)という音に瞬間的に反応してしまった。
そんな反応を楽しむかのように「ヒヒッ」と薄ら笑いしながら山根はヒサキを見つめていた。
うだつの上がらなそうな顔だが、目だけは別の生き物のように相変わらず狡猾そうだ。
薄暗い聖堂の中でもヒサキの心の奥深くを探ろうとしているのがわかる。
「このデカ、やっぱ食えねえなぁ」
そう思うと彼女を失い、殺人犯として警察に捕まった3年前の忌まわしい記憶が脳裏にフラッシュバックした・・・・・・。
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『衝撃!! 都内連続殺人事件の犯人は現役女子高生だった』
『殺人犯は女子高生売春組織にも関与。乱れた性の実態』
当時の週刊誌やワイドショーではさかんに報道が行われた。
昼夜問ないマスコミの格好の餌食にされたのは被害者や容疑者、売春組織に入っていた高校生の家族。中には心労から自殺する者、一家離散する者まで現れた。
初めは好奇の目で見ていた世間からマスコミ批判が沸き起り、報道のあり方に一石を投じることとなった。そもそもこの事件はヒサキの彼女、レイナの死に端を発する。
レイナの親友、サオリとともにヒサキは事件の真相に迫ろうとするが2人の周りで次々に人が謎の死を遂げていった。後にすべてがサオリの逆恨みによる犯行と判明するが、
彼女の周到な計画に乗せられヒサキ自身も王岱明というチャイニーズマフィアのボスを殺してしまう。
逮捕後、このヤマを担当したのがこの山根という刑事だった。
ハゲあがった頭にこれといって特徴のない顔だがねちっこい視線をいつも飛ばしている。取調べはたたき上げのデカ特有のものなのか、それとも生まれ持った性格なのか、
コトバ尻ひとつ聞き逃さない。
「そんなのどうでもいいだろ。核心とは関係ないじゃねぇか」
と苛立ちはじめるヒサキに
「悪いな、仕事だから」と機を制して言ってきた。
その後もことあるごとに機を制してくる山根の洞察力。
「コイツ、オレの心を読んでやがる」
そのたびにヒサキは落ち着きをなくした。
すべての事情聴取を終えた日、
「お前とはウマがあいそうだ。またどこかで会えそうだな。デカのカンだよカン。ま、そんときゃよろしくたのむわ」と言いながら山根は取調室から出て行った。
「ああ、そうだな。そんときはね」
顔では笑っていてもふつふつと沸く不快な感情を必至に押し殺そうとしているヒサキ。
その心を見透かしたのか山根は今日と同じように薄ら笑いを浮かべてながらヒサキを見つめていた。
ヒサキは、正当防衛が認められ、その後釈放された。
それから3年・・・
山根の「カン」の通り、二人はこうして再会している・・・
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シュボッ。クシャクシャになったマルボロをポケットから取り出し火をつけると、
ヒサキはタバコの煙をもて遊ぶかのようにくゆらせた。
「王岱明のことはもう済んだ話っすよ。忙しいんで用件、言ってくれないっすか」
「忙しいときたか。オレもずいぶん嫌われてるもんだなぁ。これだからデカっは嫌になっちゃうんだよ。そもそもさぁ・・・・・・」
いつになっても本題を切り出しそうにない山根に痺れを切らし、ヒサキは席をたとうとした。
「スマイルってドラッグ、知ってるかい?」
「ス・マ・イ・ル?」
中腰になりかけた体を元にもどした。
「なんだ、そりゃ。初耳っすね」
「だよなぁ。実は今朝、渋谷と新宿で殺しがあってな、それがちょっとややこしいことになりそうなんだ」
と山根は新宿駅と渋谷センター街で起きた殺人事件を話し始めた。ひと通り話し終えると、ふと遠くを見つめるような目をした。
「1人はナイフを首にぶっさし、もう1人は舌を噛み切って死んでんだ。不思議なことに2つの事件ともなぁ、死体の顔が笑ってんだよ。それだけなら大して気にはしなかったんだが、遺留品から似たような錠剤が出てきやがった。正式な鑑定結果はまだなんだがな、まちがいなくオレはドラッグだと踏んでるんだ」
「それがスマイル?」ヒサキは興味を示した。
「ああ。サツの間ではそう呼ばれている。」
「あんたから連絡があったのは、昨日の昼じゃなかったでしたっけ?今朝事件が起こることを予知してたってわけですか?」ヒサキは皮肉まじりに言った。
「3日前に新手のドラッグが出回っているとタレ込みがあってな、麻薬課が動き始めた。だからオマエさんに連絡したわけだ。その矢先に・・まいっちゃうね、まさかこんなに早く事がでかくなるとは、さすがに思ってなかったよ。街の若い連中に爆発的に広がるのも時間の問題だな。すぐに第3、第4の殺しがおきちまうなぁ」山根の目はいつのまにかヒサキを捉えていた。視線が執拗に絡みついてくる。
ヒサキはクスッと笑った。緊迫した状態に陥った時に起こる彼の癖だ。
「あんたは、殺人課でしょうが。麻薬課のヤマに顔突っ込むのは一体・・」
「奇麗ごと言うなよ。色々とあんだよ。内部にもさ」
山根は自分の心の中をヒサキに見せることなく呟いた。
「で、どうしろと」
「まあ焦らず最後まで聴いてくれって。スマイルはどうやらに歌舞伎町をシマにしているマフィアが資金を作るために売っているらしい。噂ではチャイニーズ系ってことだ。信用できる情報源から直接聞いたからまず間違いはないだろう。そこまでわかってるのにな、警察は当分動けないだろうな。まっ、組織ってのは頭でっかちで仕方ないよな」ここまで話せば何を頼みたいかわかるよなぁといわんばかりにニヤリと笑った。
ヒサキは2本目のタバコに日をつけた。
「つまりオレに動いて欲しいってわけか。借りがあるわけでもないのに都合のいいこと言ってきやがって。あんた、一体何企んでやがんだ?」口には出さないがヒサキの顔には「ふざけんな」とハッキリと書いてある。すぐさま山根がたたみかけてきた。
「協力してくれりゃオマエに有利な情報を流してやるよ。邪魔はしないからさ。なぁ、オレたち、持ちつ持たれつみたいな・・・・・・」
話を遮るようにヒサキは立ち上がり、タバコを靴でもみ消した。
「山根さん、悪いけどオレ、サツにつかまるようなヘマ絶対にしない。それにサツに頼まれる道理も義理もまったくない。見当違いだったな。他を当たってくれ」
吐き捨てるように言うと足早に出口に向かって歩き出した。
15:00 明治通り
渋滞の激しい明治通り。巧みなハンドル裁きでクルマの間をMSですり抜けていく。
「スマイルか・・・・・・」
信号待ちをしながら山根の話を思い返すと妙な胸騒ぎがした。
クスッ。
ヒサキは再び笑った。彼は何を考えるのか・・
「まっ、静観と洒落こもうか」
そう呟いて、MSを急発進させた
22:00 渋谷
金曜の夜、渋谷は人でごったがえしている。コアなヒップホップファンが集まることで
有名なイベントがクラブMで始まっていた。ラッパーとしての顔を持つヒサキは、
毎週そこで最高のパフォーマンス演じていた。
「うぃーっす。今日もよろしくな、シンジ」
馴染みのスタッフに声をかけながらクラブに入っていく。
小さなハコにはキャパ以上の人が集まり思い思いに音を楽しんでいる。
ヒサキのことを兄貴のように慕っている後輩も来ていた。
「いつも雰囲気がいいねぇ、ココはさぁ。あっ、リョウ、ミネラルウォーター1本くれよ」「どうぞ、ヒサキさん。みんなお待ちかねですよ」
バーカウンター越しにボトルを受け取るとVIPルームに向かった。
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