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9:30 甲州街道
渋谷警察に開放されたヒサキは、愛車SMを駆って渋滞の甲州街道を新宿に向かい疾走していた。
巧みにバイクを操りながらも、頭の中には昨夜凶行に走ったシンジとのことが渦巻いていた。
渋谷の裏の裏まで知っているヒサキにはいろいろなヤバイ知り合いがいた。薬のためならどんことでもしでかすジャンキー。野犬のように凶暴なカラーギャング。サディストのヤクザ…しかし、シンジはそんなクズみたいなヤツらからはいちばん遠いところいる、ごくふつうの高校生だった。
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「スイマセン。あのぉー、僕ラッパーになりたいんですけどぉ…どうやったらヒサキさんみたいにラップうまくなれるんですか?」
制服のブレザーを着たシンジがヒサキに話かけてきたのは、あるクラブ・イベントが終わった後だった。
「ヒサキさんラップうまいし、カッコイイし、エミネムみたいに憧れてます…」
「エミネム?!」
「そうなんですよー。俺、『8マイル』見てラップやろうと思ったんで…」
「お前、名前なんていうんだ」
「小田真二です」
「いいか、シンジ。悪いけど俺、エミネム嫌いなんだ…」
「エッ?! いや、ヒサキさんはエミネムの10倍は上いってます。マジ僕の中では…」
というとシンジは愛嬌のある笑顔を見せた。
ヒサキはその人なつっこさが気に入った。
そして、半年後には彼は大バケをした。はっきり言ってシンジには天性の才能があった。だから、時にはヒサキもかなわないと思うようフロウを聞かせるほどの実力を身につけていた。
「シンジ、お前、もう少しがんばればプロになれるかもしれないぞ」
「ホントっすか? でも俺、まだ自信ないっすね」
「いや、お前才能あるから、あとはステージの場数踏んで経験積めばだいじょうぶだよ。当面俺の後輩ということで俺のステージに出ろよ」
その言葉を聞いたシンジは満面の笑顔を見せていた。
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10:00 西新宿
ヒサキがバイクを止めたのは西新宿パブテスト教会の前だった。
赤茶けた教会を見上げ、彼はクスッと笑った。
扉を開けて中に入ると、そこには一人の男が壇の中央にあるキリスト像を見上げている。
刑事の山根だ。
「ヒサキよ。ついにお前も人ごとじゃなくなってきたようだな…」
ヒサキが近づくと、見向きもせずに山根はそう言った。
ヒサキは山根の横に並ぶ。
「何の用なんすか?」
ヒサキは言った。
「人4人殴り殺して、アイスピックを自分の顔に突き立てて仏になったガキは、お前の舎弟だったそうだな。心からお悔やみを言わせてもらうぜ」
「あんたには関係ねぇー」
ヒサキが語気を荒げる。
「まあ、いいから俺の話を聞けよ。そのガキが狂ったのはどう考えてもスマイルのせいだ。昨日話した新種のドラッグだよ。そのガキ、死ぬ前になんか言ってなかったか?」
反射的にヒサキの頭にシンジの言葉が甦る。「オレ…アゲハ、マジヤバイ…」
「アゲハ…とか…」
ヒサキがつぶやくように言うと、山根がすぐに反応した。
「それだ! 間違いない。そのヤクはとんでもなくアゲアゲでハイな状態になるから、悪ガキたちの間では"アゲハ"と呼ばれているって話だ。お前のカワイイ後輩もスマイルやって狂ったな」
「だけど山根さん、アゲアゲでハイな状態だったら人殺さないっすよ。なんでスマイルやると人殺したあげくに自殺するんっすか?」
「残念ながら、そこまでは俺もわからないんだ。わかっているのは新宿のチャイニーズ・マフィアが流しているらしいってことだけなんだよ。だからさぁ、前も言ったように超優秀な仕事人のヒサキさんに、そこらあたりを調べて欲しいわけさ。頼むよ…」
山根は猫なで声を出しながら拝むようなポーズを見せる
「悪いっすけど、山根さん。俺、王岱明の時だって警察にさんざんな目にあわされているんっすよ。その俺がなんで警察に協力しなきゃならないんっすかね。大体、仕事するんならギャラもらわないとね。俺雇えるくらいのギャラをあんたが出せるとは思えないっすよ」
「ああ、ギャラね。それがバッチリ出るんだ。実はさぁー、ここだけの話だが、これは俺のアルバイトのお仕事なんだよ。俺もこう見えても家に帰れば3人の子供とワイフがいるわけ。おまけにワイフは妊娠中と来ている。そんな家庭を警察の安月給じゃ支えていけないだろう。だから、こっそりアルバイトしてるんだけど、そこの社長さんがスマイルのおかげでエラク商売をジャマされて怒ってさ。それで、スマイルのことを調べて、警察で潰せってオーダーが来たんだよ」
「そういうことだったら、あんただっていっぱしのデカなんだから、そんなこと自分で調べりゃいいじゃないっすか。調べんのは仕事でしょうが…」
「ヒサキよ。そうは言っても、デカの俺が聞いたって誰もが素直にホントのことを喋らないだろが。そんなことはお前だってよく分かっているだろ。しかも、今回は社長の命令で、あまり時間がかけられないんだよ。その分、成功したらボーナスをたんまりもらうことになっているんだ。 だから、お前にだっていいギャラ払うぜ」
ヒサキは山根の胡散臭さは十分に知りながらも、この事件の真相を知りたいという気持ちを抑えられなかった。
しかし彼の口をついて出てきた言葉は
「じゃ、いくらもらえるんっすか?」
感情は感情、仕事は仕事…それが彼の考え方だ。
「おっと、そうこなくちゃな。どうだ?300ってとこで」
山根は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「300万っすか? 足らないっすね。あんたはなにもしないで働くのは俺ですよ。500はもらっとかないと…」
「ふざけんな!と言いたいところだが、俺にも家庭の事情があってな。2ヶ月後にはカミさんの出産と長男の中学お受験とダブルパンチだ。500で手を打つから、その代わり1ヶ月以内にかたづけてくれよ」
その言葉を聞いてヒサキはニヤリと不敵な笑いを浮かべた。
「もうひとつ…このヤマ追う上で、人殺す以外は何でもやるってことを了承してもらえますか? 組織のひとつくらいはぶっ潰すかもしんないです。俺のやったことに対して、あんたができる限りもみ消す。それができないんなら、俺は降ります」
山根は深く唸った。
「仕方、ないな。ただ俺にもできることとできないことがある。それは分かるよな」
「ああっ。でも、てめえの身がヤバくなったからって手のひら返したら、マジでアンタの命はないぜ」
ヒサキは今までとは違う威圧的な口調で山根に言い、きびすを返して扉に向かって歩き出す。
「じゃ、早速頼むぜ! なにかわかったら連絡をくれ」
山根の言葉に右手をあげて答えながら、ヒサキは教会を後にした。
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